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パクリについて

大川本の多くはパクリによって出来ている。
このように指摘されると、こう切り返す人がいます。

「じゃあ、あなたが大川先生以上の本を書いてみれば良い」と。

はぁ?
なぜ、そうなるんですか?

先日、東京オリンピックのエンブレムのデザインが、パクリではないかと言う報道がなされました。
そして、それ以前にデザインしたものに関しても疑惑があり、それらに関してはパクリを認めました。

最初に挙げた人の論理で行けば、パクリを指摘した人はパクッた人以上のデザインをしなければならなくなりますが、そうじゃありませんよね。

デザイナーにはデザイナーの、宗教家には宗教家の役割があります。

ただ大川本の多くは、他の宗教や思想の寄せ集めであると指摘しているに過ぎません。
誰も本なんか書きませんよ。

それから、「何の本のどこそこに書いてあったのか教えてくれ」などというのも愚かな行為だと思いますね。安直に答えを求めずに、自分自身で色んなものを読み、そして深く考えなさい。

私は良い教えであれば、他の宗教や思想から影響を受けること自体は悪いと思いません。
日本の仏教だって、神道の様式や儒教の教えが混在している宗派もありますからね。

私が大川総裁に見切りを付けた理由は、パクリのせいではありません。

「譬え良いことを言っていたとしても、自分自身は何ひとつ実践しないじゃないか」
これに尽きます。
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リバティWEBの反論が酷過ぎる件

週刊新潮による布施返還訴訟記事に対する反論が、リバティWEBに上がっております。

また、週刊新潮は、大川隆法・幸福の科学総裁の離婚問題を取り出し、元信者が教団への不安を覚えたと煽っている。だが事実は、大川総裁の、多くの人々を導くという使命が大きくなっていくことに対し、当時、妻であったきょう子氏が嫉妬し、ついていくことができなくなり、自ら信仰を失っていったというものだ


仮にきょう子氏信仰を失って、自ら教団を去っていったとしましょう。
でも、信者に悪口を聞かせる必要など全くないのです。

「口が臭い人だった」
「(結婚前に住んでいた部屋の)トイレの跳ね返りがびっしり付いていた」
「汚れた下着などが山野ようにあった」

よしんば、これらが事実であったとして、信者に有料で聞かせるべき内容ではありません。
大川夫妻の間での私的な出来事であるし、きょう子氏が信仰を失ったこととも何の関係のないことです。

原告の方々は、これらの発言によって信仰を失っていったのではないでしょうかね。
仏陀の癖に、言う事が下品な上に小さいな、と。

その前後から、大川総裁が世界5大陸すべてで教えを説き、350冊を超える霊言集を出していることからも、「私」よりも「公」を優先させ、日本のみならず世界の人々の救済を選んだことが分かるだろう。


この文章も意味不明です。
「350冊超の霊言集を出した」ことと、「私よりも公を優先」させ、「世界の人々の救済を選んだ」ことの因果関係が分かりません。

では、お聞きしますが、きょう子氏との離婚問題が浮上する以前は、大川総裁は公よりも私を大事にし、人類救済の道を選んでいなかったということで宜しいのですね?

おかしいですねぇ。
大川総裁は既に、1980年代から再誕の仏陀を名乗り、救世主を自称していたのに。
霊言書を封印していた期間は、「俺はまだ本気出してないだけ」だったんでしょうか(笑)


週刊誌に記事が出るや否や、このリバティWEBに反論記事が上がります。
でも、まだ出ていないのがあるんですよ。

そう、大川総裁の長女である、大川沙也加氏の論文盗用疑惑に関してです。
仕事の早いリバティWEBなのに、これだけがまだなんです。

♪なんでだろう~、♪なんでだろう~(笑)

楽しみに待ってますのでで、早めにお願いしますね。

週刊新潮に布施返還訴訟の記事が出ています。

教団広報によると、裁判所が宗教行為に不当に介入した「違憲判決」らしいです。

納骨壇や永代供養に対価性がないと言うことであれば、千円でも一万円でも良いということになりますね。

でも幸福の科学では、各種祈願などにおいても「三万円以上目安」などと、金額をこと細かく設定しています。

お布施に最低金額を設定するなどと言う行為は、「三輪清浄」とは程遠く、まさに堕地獄の所業であります。

原告の方たちは、教祖の俗物ぶりに幻滅して退会した訳ですから、その意味でも三輪清浄は成立しません。

全額返したりーや!

誰に向けて書いているのか

信者村では、相変わらず争いが続いているようだ。

それにしても、信者村のブログはつまらない。
なぜなら新刊や、法話の宣伝などのコピペなどがほとんどだからだ。

そんなものは、公式HPを見れば書いてある。
以前も書いたけれど、いったい誰に向けて書いているのかと思う。

『幸福の科学』とは、人間にとって本当の幸福とは何かを探求する場だったはず。

そうであれば、自分は如何にして真理と出会ったのか。
そして、いったい何を悟ったのか。
今、どのような幸福を感じているのか、あるいはいないのか。

そういったことを綴るべきではないだろうか。

信者のブログを読んでも、そういったことが一切感じられないのだ。
もちろん個人ブログであるからして、何を書こうが自由である。

しかし、幸福の科学カテゴリーに登録しているのだから、ある意味で教団を代表しているとも言えるだろう。

そうであれば、一般の人が目にした時に、「幸福の科学に入れば、こんなに素晴らしいことがあるのか」と思わせるような内容でなくては、意味が無いではないか。

実際のところ、幸福感なんて誰ひとり感じていないのではないかと思う。

自動書記か?(笑)

数日前、アンチブログ村にアクセスしたらビックリした。

なんと自分のブログで新記事がアップされているではないか!
全く身に覚えがないのに。

まさか、これが本当の自動書記か(笑)

マジレスすると、スマホにもFC2ブログのアプリを入れているのだけど、知らないうちに触ってしまったんだと思う。

良くあるんですよねぇ。
ブログに限らず勝手にアプリが立ち上がっていることが。

訪問していただいた皆様、申し訳ありませんでした。
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